Nov 17, 2008
自動車免許教習所選びの無料体験レッスンがおすすめ
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◇被災の故郷「歌で支える」
東日本大震災の被災地・福島県いわき市出身で、フォークデュオ「ヒルストーン」を組む石田勇己さん(20)と岡田正紀さん(20)が震災後、吉野川市に身を寄せ、県内で平和活動を続ける花火師グループの支援も受けながら、義援金を募るチャリティーライブの場を探している。被災者を励ます応援曲も制作中といい、2人は「被災した故郷に何もできず、くやしい。せめて歌で支えたい」と思いを込める。【深尾昭寛】
地震発生まで2人は東京都内で音楽活動をしていた。震災後、連絡が取れたいわき市の家族は無事で、数日後に帰郷して合流。しかし、東京電力福島第1原発事故への不安から、石田さんの家族は、石田さんの祖母を頼って吉野川市に避難することになり、岡田さんも同行して3月17日に到着した。
郷里に戻る際には、知人の車で茨城県を経由したが、その道中、一帯ががれきと化し、民家の壁面に車が乗り上げた惨状を目の当たりにし、絶句した。テレビで報じられる津波の映像や被災者の姿に涙し、不安ばかりの日々が続く。
音楽活動を続けることもあきらめかけたが、県内に来てから中古ギターを購入。石田さんの親類に歌を披露し、音楽への思いが再燃した。ちょうど、県内で平和を訴えて活動する花火師のグループが、被災したミュージシャンの支援や復興支援ライブの開催を考えていることを知り、迷わず申し込んだ。
花火師グループの1人、沢内健司さん(38)=小松島市中田町=は「大学時代に神戸で阪神大震災に遭ったことが、私の活動の出発点。今、被災者を支援できるのは感慨深い」と話す。その縁で、今月10日に小松島市内で開かれた音楽イベントにも2人は参加した。
石田さんと岡田さんは「福島では、地震の揺れと津波の被害に加え、原発と風評被害もひどくなっている。花火と僕たちの歌が、少しでも力になれば」と力を込める。
2人の活動の問い合わせは、メールで沢内さん(awahanabi55@yahoo.co.jp)へ。
4月13日朝刊
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和歌山県田辺市本宮町の熊野本宮大社で13日、春の例大祭が始まり、稚児を父親らが肩車して練り歩く湯登(ゆのぼり)神事が営まれた。
湯登神事は、神が宿っているとされる稚児を、湯の峰温泉で清める神事。県無形文化財。神事には同市や周辺地域に住む2、3歳の男児計8人が参加した。
午前9時半すぎ、神職や楽人らと列になり、稚児たちが父親らの肩車で大社本殿を出発。途中バスに乗って湯の峰温泉に向かい、温泉で身を清めた。近くの湯峯王子で、狩衣や烏帽子で正装した稚児の体を回転させる八撥(やさばき)神事を営んだ。
大社までの復路は、熊野古道の大日越を歩いた。祭りの期間は稚児を地面に降ろしてはならないとされているため、父親らは大社まで約3・4キロの道のりを汗だくになりながら進んだ。
次男(2)と参加した上富田町の公務員宮原誠さん(31)は「ずっと肩車をするのはなかなか大変だが、子どもの成長を肌で感じるいい機会になった。子どもたちには無事に成長してもらいたい」と話した。
例大祭は15日の本殿祭、渡御祭まで続く。15日午後の渡御祭では、約300人の行列が旧社地大斎原(おおゆのはら)まで練り歩く。
和歌山県で初期農耕が始まったとされる弥生時代前期(2300年前)、本州最南端に近いすさみ町周参見に、優れた技術を持った木工集団が入植・定着し、弥生文化を伝えていたことが、県文化財センターによる立野遺跡発掘調査で明らかになった。加工途中から完成品までの木製品が多数出土しており、担当者は「恵まれた森林資源を求めて入植した人々がいたことは間違いない。社会的分業が進んだ弥生社会の態様をほうふつさせる木製品の生産拠点があった」と話す。
立野遺跡では、近畿自動車道紀勢線の南伸工事に伴い、同センターが国土交通省の委託を受けて2010年8月から11年3月まで発掘調査した。調査面積は約8500平方メートル。調査地の西端で見つかった弥生時代前期の河川から、伐採された樹木などとともに木製品が多量に出土した。
発掘を担当した同センターの川崎雅史技師は、入植者がいた根拠の一つとして、多数の弓を製作しているが、矢先に付く打製石鏃(せきぞく)の出土がないことから狩猟・採集集団とは考えにくいとしている。
弓は日用品として使ったのではなく、製品として出荷していた可能性が高い。ほぼ完全な形で見つかった弓は樹皮が巻き付けられ漆で補強されるなど、その技術の高さがうかがえるという。
土木作業に使われたとされる平鍬(ひらぐわ)には使用痕があり、農耕に使われる広鍬(ひろぐわ)には泥よけが付けられ、修理した跡が残っていた。地元民を中心とした入植者が森林を開墾しながら農耕も行っていたと推測されるという。平鍬は、弥生時代前期としては、全国的に珍しく、県内では初めての出土となった。
川崎技師は「弥生初期の集団が近畿地方でも、木工に比重を置いた生産活動を行っていた実情が判明したことは驚くべきこと。当時の農耕社会の分業やその仕組みを考える上で極めて重要な成果」と評価している。
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